学園の沿革

創始者の紹介


創立者 市邨芳樹

創立者市邨芳樹は、現在の広島県尾道市に生まれ、幼少の頃より学業にいそしみ、15歳の時広島県からの官費留学生として東京商法講習所(現在の一橋大学)に入学し、校長矢野二郎の薫陶を受け優秀な成績で卒業、故郷広島で20歳にして尾道商法講習所(現在の県立尾道商業高等学校)を設立とともに所長兼教諭としてその後50年にも及ぶ商業教育の実践をスタートさせました。
その後、名古屋商業学校(現在の市立名古屋商業高等学校)に赴任、校長としてその発展に尽力した後、常に心に抱いていた女子への本格的な商業教育を実践するため、明治40年(1907年)、名古屋女子商業学校(現在の名古屋経済大学市邨高等学校)をわが国初の女子商業学校として設立。大正12年には教育の機会均等の精神を実践するため、名古屋第二女子商業学校(現在の名古屋経済大学高蔵高等学校)を設立。両校は市邨の卓越した理念に基づく教育により発展を遂げ現在に至っています。
市邨は惜しまれつつも昭和16年1月1日、この世を去りましたが、現在でもその業績は広く知られ、「女子商業教育の父」として称えられています。

どの時代をも輝かせていた市邨学園の歴史

1907年 (明治40年) 創立者市邨芳樹が全国に先がけて女子商業教育の確立を意図し、名古屋女子商業学校を開校 
1923年 (大正12年) 名古屋第二女子商業学校を設立
1945 年 (昭和20年) 財団法人市邨学園を設立/戦災により名古屋女子商業学校校舎焼失
1947年 (昭和22年) 学制改革に伴い呉竹中学校を設立
1948年 (昭和23年) 学制改革により、名古屋女子商業高等学校、名古屋女商中学校と改称
1951年 (昭和26年) 学校法人市邨学園に組織変更
1965年 (昭和40年) 名古屋女子商業高等学校に普通科を設置/市邨学園短期大学(商経科・家政科)を開学
1967年 (昭和42年) 市邨学園短期大学に保育科を開設
1968年 (昭和43年) 市邨学園短期大学附属幼稚園を開園
1972年 (昭和47年) 市邨学園高等学校・市邨学園中学校と校名変更
1979年 (昭和54年) 市邨学園大学(経済学部消費経済学科)を開学
1983年 (昭和58年) 市邨学園大学を名古屋経済大学に校名変更および男女共学に移行、経済学部に経営学科を開設
1988年 (昭和63年) 市邨学園短期大学に英語科を開設
1991年 (平成 3年) 名古屋経済大学に法学部企業法学科を開設
1996年 (平成 8年) 市邨学園創立90周年
1999年 (平成11年) 名古屋経済大学に法学部国際関係法学科を開設
2000年 (平成12年) 名古屋経済大学大学院(法学研究科)を開学
2002年 (平成14年) 名古屋経済大学市邨高等学校・名古屋経済大学市邨中学校と校名変更および 男女共学に移行/名古屋経済大学に経営学部経営学科を開設/名古屋経済大学大学院に会計学研究科を開設
2003年 (平成15年) 名古屋経済大学の法学部を法学部法学科に改組
2005年 (平成17年) 名古屋経済大学に人間生活科学部(幼児保育学科・管理栄養学科)を開設
名古屋経済大学短期大学部を保育科・キャリアデザイン学科に改組
名古屋経済大学附属市邨幼稚園に園名変更
2006年 (平成18年) 市邨学園創立100周年
2007年 (平成19年) 名古屋経済大学大学院に人間生活科学研究科を開設
同大学院会計学研究科に会計学専攻(博士後期課程)を開設
2008年 (平成20年) 名古屋経済大学 人間生活科学部幼児保育学科を教育保育学科に改称
名古屋経済大学大学院 法学研究科・会計学研究科を名駅サテライトキャンパスへ移転
2009年 (平成21年) 名古屋経済大学短期大学部キャリアデザイン学科を名駅サテライトキャンパスへ移転
2011年 (平成23年) 名古屋経済大学の法学部を法学部ビジネス法学科に改組

名古屋女子商業学校創立当時の教職員と生徒


開学当時の名古屋女子商業学校校舎


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