高2・建学の精神~「やぶつばき」から市邨精神を学ぶ~
4/11、高校2年生は7時間目、”建学の精神”、つまり”市邨精神”を学ぶ時間でした。
もとになるテキストは創立者・市邨芳樹先生の残した語集「やぶつばき」、講師は澁谷校長です。
「一に人物、二に伎倆」、「桜は桜、松は松たれ」「世界は我が市場ならずや」、こうした市邨先生のことばは高校1年生のときに学びました。個性を磨き、自分を知り、そして努力を惜しまず、世界で活躍できる人物を目指す。市邨先生がこの市邨を建学したのは、そういう人材を育てたいという思いからでした。
今日学んだのは「犠牲的精神」」と「終身教育」。
原文は……
抑々(そもそも)犠牲的精神の神髄は、楽しんで我が一身を犠牲に供すると云う所にある。かうしなければならぬからと、拠なく我が一身を投げ出すと云う様な訳では無い。
という、半分古文のような文章。大切なのは「楽しんで」その犠牲的精神を発揮するというところ。言いかえれば、いかにその職業なり役割に「使命感」を持てるか。そのためには自身の才能を存分に生かせる職業に就くことが大切。だからこそ、自身を知ることが重要です。「桜は桜、松は松たれ」とはそのあたりの機微を伝えることばです。
続いて「終身教育」。戦前の、女子に十分な教育すら与えられていなかった時代に、”君たちは卒業しても市邨大学で学ぶのです”と市邨先生は言っていたといいます。市邨で教育を受け、そして社会に出ていく、それを”市邨大学”ということばで表現したものです。教えを体現すると同時に、生涯”学ぶ”気持ちをもってほしいという、当時としては先進的な考え方です。
現代でも通用するどころか、今、まさに必要な教育の考え方です。
「終身教育」、究極には、私たちは「生きるために学ぶ」のであって、誰かに強制されるものではないということです。
そんな話を、「やぶつばき」から、読み取る一時間でした。
生徒のワークシートから。
そもとも犠牲的精神の大もとは、楽しむことで自分の身を犠牲にするということ。こうしないといけないからと、やりたいこともない自分の身を犠牲にするということではない。
犠牲的精神のポイントは、楽しんで自分自身を犠牲にするということだ。こうしなければいけないと、根拠なく自身を投げ出すというようなことでは無い。